内海唯花は笑って言った。「あなたの従兄は彼女がいるじゃない。彼を紹介してどうするのよ?結婚手続きはもう終わったんだから、後悔しても遅いでしょ。ただこのことは秘密にしてちょうだい、お姉ちゃんが本当のことを知ったら悲しむから」 牧野明凛「......」 彼女の親友は、とても勇ましい人だ。 「小説の中の女主人公はいつも大金持ちとスピード婚するけど、唯花、あなたの結婚相手もそうなの?」 そう言い終わると、内海唯花は親友をつつき、笑って言った。「うちの店にある小説、あなた何回読んだのよ?夢なんか見ないでよね。そんな簡単に玉の輿に乗れるわけないでしょ。お金持ちがそこらへんに転がってると思ってる?」 牧野明凛は親友につつかれた場所をさすり、彼女が言っていることはその通りだと思った。彼女はかすかにため息をついた後、また尋ねた。「あなたの旦那さんが買った家はどこにあるの?」 「トキワ・フラワーガーデンよ」 「あら、良い場所じゃないの。あそこの環境は良いし、交通も便利だしさ。この店からもそんなに遠くないし。旦那さんはどの会社で働いてるの?東京で家を買えるくらいだし、トキワ・フラワーガーデンはお金持ちが買えるのよ、旦那さんの収入はきっと高いに決まってるわ。毎月のローンはいくら?あなたもローンのお金を出す必要があるの?」 「唯花、もしあなたもローンを払う必要があるなら、不動産権利書にあなたの名前も付け加えなきゃ。じゃないと損しちゃうでしょ。こう言うのはあまり聞こえがよくないけど、もしあなたたちが喧嘩でもして離婚することになったら、その家は彼のものだし、あなたには家の権利がなくなるのよ」 内海唯花は親友の瞳を見つめ言った。「あなたの考えって私の姉とほぼ一緒よね。家は彼が一括で購入したから、ローンを返済する必要ないのよ。私は一円も出してないわ、不動産権利書に私の名前を加えるなんてできないわよ」 牧野明凛は「夫婦間の仲が良いなら、まあ問題はないんだけど」と言った。 内海唯花はふと思い出した。彼女の姉が住んでいる家は義兄が結婚する前に購入したもので、今も毎月ローンの返済をしていた。内装の費用は姉がお金を出したのだが、不動産権利書には姉の名前は書いていなかった。唯花は義兄がいつも姉に金を使うだけで、能力がないと責めていることを思い、心配になった。 日を
結城理仁はロールスロイスに乗ると、低い声で指示を出した。「俺が新しく買ったあのホンダの車を運転して来てくれ」 あれは妻を騙すために買った車だ。その妻の名前は何と言ったっけ? 「そうだ、あの嫁の名前は何といったか?」 結城理仁は結婚証明書類を取り出して確認するのも面倒くさかったのだ。いや、あれはおばあさんに見せた時に手渡したままだった。どのみち彼は、あの書類を持っていなかった。 ボディーガード「......若奥様のお名前は内海唯花様です。今年二十五歳だそうです。若旦那様覚えていてくださいね」 彼らの坊ちゃんの記憶力は特に優れていたのだが、覚えたくない人の名前はどうやっても覚えられないようだった。 特に女性は毎日会っていて坊ちゃんは誰が誰なのか覚えられないだろう。 「ああ、わかった」 結城理仁は一声言った。 ボディーガードは彼のその話しぶりから、次も新しく来た嫁の名前を覚えていないだろうことが読み取れた。 結城理仁は内海唯花のことを考えるのはここまでにして、椅子にもたれかかり、目を閉じてリラックスして体と心を休めることにした。 スカイロイヤルホテル東京からトキワ・フラワーガーデンまでは十分ほどだった。 高級車はトキワ・フラワーガーデンの入口で止め、結城理仁は自らあのホンダ車を運転して自分の家まで運転していった。 新妻の名前は覚えられないくせに、自分が買った家は覚えられるのだ。 すぐに自分の家の玄関に着いた。ドアの外に見慣れた自分のスリッパを見つけた。これは彼のスリッパじゃないか? どうして外に出されている? 当然内海唯花の仕業に決まっている! 結城理仁の目つきは冷たくなり、整った顔がこわばった。本来はあの祖母を助けてくれた女性にとても感謝していたのだが、祖母が彼女をベタ褒めし、彼と結婚するように仕向けられて彼は内海唯花に対して好感はなくしてしまっていた。 内海唯花の腹の内は分からないと思っていた。 最終的にはおばあさんの言うとおりに内海唯花と結婚したわけだが、おばあさんにはこう伝えてある。結婚した後は彼の正体は隠したまま、内海唯花の人柄を観察し、内海唯花が結婚するに値する人物であるなら、本当の夫婦として一生を共にすると。 もし彼が内海唯花が何かを企んでいるような腹黒女であると判断したなら、彼
結城理仁は自分のスタイルに気をつけていたから、暴飲暴食して太るのは許せないのだ。 ダイエットして体重を落とすのは大変だ。 内海唯花は微笑んで言った。「結城さんはスタイルが良いですよね」 「じゃあ、私は部屋に戻って寝ますね」 結城理仁はそれにひと言返事をした。 「おやすみなさい」 内海唯花は彼におやすみの挨拶をすると、後ろを向いて部屋へと戻ろうとした。 「待て、内海、内海唯花」 結城理仁は彼女を呼び止めた。 内海唯花は振り向いて尋ねた。「何か用ですか?」 結城理仁は彼女を見てこう言った。「今後はパジャマのまま出てこないでくれ」 彼女はパジャマの下に下着をつけていなかった。彼は目が良いので見ていいもの悪いもの全てが見えてしまうのだ。 彼らは夫婦だから彼が見るのはいいとして、万が一誰か他の人だったら? 彼はなんといっても自分の妻の体が他の男に見られるのは嫌なのだ。 内海唯花は顔を赤くし、急いで自分の部屋に戻ると、バンッと音をたててドアを閉めた。 結城理仁「......」 彼は気まずいとは思っていなかったが、彼女のほうは恥ずかしかったらしい。 少し座ってから、結城理仁は自分の部屋に戻った。この家は臨時で購入したもので、高級な内装がしてある家だ。ただすぐに住める部屋ならどこでも良かったのだ。 しかし、あまりに忙しくて彼の部屋も片付けられていなかった。 彼は内海唯花が物分りが良いことにはとても満足した。ずうずうしくも彼と同じ部屋で寝ようとはしなかったからだ。 さらに彼に夫としての責任も要求してこなかった。 それからの残りの夜は、夫婦二人何のいざこざもなく過ごせた。 次の日、内海唯花はいつもどおりに朝六時に起床した。 これまで、彼女は朝起きるとまず朝食を用意して、家の片付けをしていた。時間に余裕がある時は、姉を手伝って洗濯物を干していた。彼女が姉の家に住んでいた数年は家政婦のようなことをしていたと言ってもいい。ただ姉の負担を減らしたいがためにしていたことだったのだが、義兄の目にはやって当然のことだと映っていたのだろう。彼女を家政婦同然と見て使っていたのだ。 この日起きて、まだ見慣れない部屋を見回し、頭の中の記憶部屋で整理して内海唯花は一言つぶやいた。「私ったら、寝ぼけちゃってるわ、まだ
食事を終えると、結城理仁は財布を取り出し、開けて中を見てみた。現金はあまり入っておらず、彼は銀行のキャッシュカードを取り出し内海唯花の前に置いた。 内海唯花は眉をピクリと動かし彼を見つめた。 「何か買うなら金が必要だろう。このカードは君に渡しておくよ、暗証番号は......」 彼は紙とペンを探し、暗証番号を紙の上に書いて内海唯花に手渡した。 「今後はこのカードの中の金を家の金と思って使ってくれていい。毎月給料が支払われたら君のカードに送金する。今後買ったものは記録でもつけといてくれ。俺は君がいくら使おうと構わない。だが、何に使ったのかは把握しておきたいんだ」 結婚手続きを終えた時に内海唯花は彼に尋ねた。夫婦間で出費を半々に負担する必要はないと言っていた。結婚して夫婦になり家族になったのだ。彼は彼女が金を使うのは全く気にしていなかった。 どのみち彼自身もいくら金があるのかなど把握していなかった。一家の財産が、一体正確にいくらあるのか全く知らないのだ。普段会社で忙しく働きお金を使う暇もなかった。だから、妻一人くらい養うことは、彼にとっては少しお金を使う機会を得たくらいのものだった。 しかし彼も都合のいいカモになるつもりなど毛頭なかった。彼の中では内海唯花は腹黒女なのだから、用心するに越したことはないのだ。 ただ彼女がこの家にお金を使うなら、彼女の好きにしたらいい。彼は全くそれについては意見はなかった。 内海唯花は結城理仁のこのような態度とやり方が気に食わなかった。 彼女はキャッシュカードと暗証番号が書かれた紙を一緒に彼に突き返した。暗証番号すら一度も見なかった。 「結城さん、この家はあなた一人で住んでいるんじゃなくて、私も一緒に住んでいます。家を買ったのはあなたです。私も同居して外で部屋を借りる家賃は必要なくなりました。この家の出費を、またあなた一人に負担させるわけにはいかないですよ。家に必要な物のお金は私が出します」 「四万円を超える場合は相談させていただきます。あなたは少し出してくれるだけで結構です」 彼女の収入も決して少なくないので、家庭における日常の出費は全く問題なかった。少しお金がかかるもの以外は、彼にお金を出してもらう必要はないのだ。 彼にお金を出してもらう分には抵抗はなかったのだが、問題は彼の内海唯花
内海唯花は予定通りに姉の家へ行った。家に着くと、姉はもうとっくに起きていて台所で忙しなく家事をしていた。「お姉ちゃん」「唯花ちゃん、あがって、あがって」台所から出てきた佐々木唯月は妹の顔を見て、嬉しそうに「もう食べたの?お姉ちゃん今素麺作ってるの、一緒に食べる?」と聞いた。「ううん、いいよ、もう食べたから。そういえば、朝食買ってきたよ、素麺はもう鍋に入れたの?まだだったら、陽ちゃんと一緒にこれを食べて」「まだよ、ちょうどよかったわ。実はね、昨日陽が熱出しちゃって、一晩中ずっと看病してやってて全然眠れなかったの。だから今朝起きるのが遅くなって、お義兄さんも外で朝を食べたのよ。毎日家にいて何もしてないくせに、子育てだけでぐったりして、朝ごはんすら作ってくれないって彼に散々言われたわ」佐々木唯月は少し悔しそうにしていた。それを聞いた内海唯花は腹を立てて言った。「陽ちゃんどうして熱が出たの?今熱がなくても、後で病院に連れて行ってあげてね。そうしないとまた拗らせて繰り返すわよ。義兄さんも義兄さんで、子供が病気なのに、全く手伝ってくれないうえに、お姉ちゃんを叱ったりするなんて一体どういうことよ」 「お姉ちゃん、私今もうこの家から出て行ったのよ。義兄さんはまだ生活費の半分をお姉ちゃんに押し付けてる?」 ソファに腰をかけた佐々木唯月は妹が持ってきたうどんを出し、食べながら言った。「後で陽をお医者さんのところに連れていってくるわ。生活費なら、やっぱり私と半々で負担してるよ。彼は私が毎日ただお金を使っているだけで、どうやってお金を稼ぐかも、彼がどれだけプレッシャーを受けているのかも知らないって言うの。まあ、私もこの家の一員である以上、少しくらい負担しないとね」 「きっと彼の姉さんが言ったことよ。あの義姉さんはお嫁に行っても、まだ実家のことばかり気にしているの。以前義兄さんは私によくしてくれてたのに、あの義姉さんのせいで......」実は佐々木唯月は会社を辞める前にもう財務部長までにのぼっていて、かなりの給料をもらえていたが、愛のため、結婚のために色々なものを犠牲にしてここまで来たのだ。それなのに、最後に得られたのは夫の家族からの悪口だけだった。 彼女がお金を使っても、全部この家ために使っていることだ。久しぶりに自分の服を買うのにも、妹
「行こう」結城理仁は心の中で内海唯花に小言を呟いたが、直接彼女に何か言ったりしたりはしなかった。内海唯花は彼の妻だが、名義上だけだ。お互いに見知らぬ人と変わらなかった。運転手は何も言えず、また車を出した。一方、内海唯花は夫の高級車にぶつかりそうになったことを全く知らず、電動バイクに乗ってまっすぐ店に戻った。牧野明凛の家は近くにあるので、彼女はいつも内海唯花より先に店に着いていた。「唯花」牧野明凛は店の準備が終わってから、買ってきた朝食を食べていた。親友が来たのを見て、微笑んで尋ねた。「朝もう食べたの」「食べたよ」牧野明凛は頷き、また自分の朝食を食べ始めた。「そういえば、おいしいお菓子を持ってきたよ、食べてみてね」牧野明凛は袋をレジの上に置き、親友に言った。電動バイクの鍵もレジに置くと、内海唯花は椅子に腰をかけ、遠慮なくその袋を取りながら言った。「デザートなら何でも美味しいと思うよ。あのね、明凛、聞いて。ここに来る途中で、ロールスロイスを見かけたよ」 牧野明凛はまた頷いた。「そう?東京でロールスロイスを見かけるのは別に大したことじゃないけど、珍しいね。乗っている人を見た?小説によくあるでしょ、イケメンの社長様、しかも未婚なんだ。そのような人じゃない?」内海唯花はただ黙って彼女を見つめた。にやにやと牧野明凛が笑った。「ただの好奇心だよ。小説の中には若くてハンサムなお金持ち社長ばかりなのに、どうして私たちは出会えないわけ?」「小説ってそもそも皆の嗜好に合わせて作られたものでしょ。どこにでもいるフリーターの生活を書いたら誰が読むのよ、まったく。社長じゃなくても、せめてさまざまな分野のエリートの物語じゃないとね」それを聞いた牧野明凛はまた笑いだした。「そうだ。唯花、今晩あいてる?」「私は毎日店から家まで行ったり来たりする生活をしてるだけだから暇だよ、何?」内海唯花の生活はいたってシンプルだった。店のこと以外は、姉の子供の世話だけだった。「今晩パーティーがあるんだ。つまり上流階級の宴会ってやつなんだけど、一応席を取ったから、一緒に見に行きましょ!」内海唯花は本能的に拒絶した。「私のいる世界と全く違うから、あんまり行きたくない」 確かに月収は悪くないのだが、上流階級の世界とは次元が違うので、全
パーティーが開かれた場所はスカイロイヤルホテル東京だった。普段なら内海唯花とは縁のない所だった。スカイロイヤルホテル東京は市内の最高級ホテルの一つとして、七つ星ホテルと言われているが、果たして本当にそうなのかどうか、内海唯花は知らなかったし、個人的に興味もなかった。内海唯花たちより先にホテルに着いた牧野のおばさんは知り合いの奥さんたちと挨拶を交わした後、息子と娘を先にホテルに入らせて、玄関で姪っ子が来るのを待っていた。姪っ子を迎えに行かせた車が他の車の後ろについてゆっくり到着したのを見て、彼女の顔に笑みが浮かんだ。すると、牧野明凛は海内唯花を連れておばさんの前にやってきた。「おばさん」「おばさん、こんばんは」海内唯花は親友と一緒に挨拶をした。 姪っ子が内海唯花を連れて来ることを知った牧野のおばさんは、少し気になっていた。実際に彼女に会ったことがあるからこそ、この両親を失った娘が自分の姪っ子より美人であることを認めなければならなかった。いたって普通の家庭出身なのに、顔立ちと仕草にはどこかお嬢様の気品が漂っていた。彼女と一緒だと、姪っ子の美しさが霞んでしまうのではないかと心配していたが、もう結婚していると義姉から聞いて、一安心した。目の前の内海唯花をよく見ると、彼女はドレスすら着ていなかった。普段着に薄化粧しているだけで、高いアクセサリーもつけていなかった。彼女のその生まれつきの美しさもおしゃれした姪っ子の前では覆い隠されてしまい、牧野のおばさんはやっと安心して頷いた。内海唯花は本当によく気の利く、物分りがいい娘だと思った。「よく来たね。私が連れて行ってあげるわ。明凛、招待状を出しておいてね。中に入るのに必要なんだ。チェックしないと」牧野明凛は慌てて自分の招待状を出した。「中に入ったら言葉には気をつけるのよ。ちゃんと見てちゃんと聞くの。頃合いを見計らって紹介してあげるわ。唯花ちゃん、あなたは明凛より大人だから、彼女が何かやらかさないように見張ってちょうだいね。お願いするわよ。スカイロイヤルホテル東京はここの社長が管理しているホテルの中の一つなの。その家のお坊ちゃんたちも今夜のパーティーに顔を出すかもしれないわ」牧野のおばさんはこっそりと姪っ子に言った。「明凛、もしあなたがここの御曹司のご機嫌を取ることができたら、牧
結城理仁は大勢の人に囲まれて入ってきて、隅っこに隠れていた新妻がいることに全く気付かなかった。内海唯花も同様、人垣をかき分けて自分の夫を見るすべもなかった。 暫く背伸びして眺めていたが、当事者の姿が全然見えないと、すっかり興味を失ったように椅子に座り直して、親友を引っ張りながら言った。「どうせ見えないから、見なくてもいいよ。食べましょ」彼女にとって、今晩ここに来た一番重要な課題は食べることだから。「唯花、ここでちょっと待ってて、さっき誰が来たのか、ちょっとおばさんに聞いてくる。こんなに大勢が集まるって、まるで皇帝のご帰還じゃないの」内海唯花は適当に「うん」と相槌した。牧野明凛は一人でその場を離れた。 取ってきたものを全部食べ終わった内海唯花は空になった皿を持って立ち上がった。みんなが偉い人の所へ行っているうちに、自分は簡単に食べ物が取れて、他人の異様な視線も気にしなくてよかったのだ。結城理仁は入ってくると、まず今夜のパーティーを主催した社長と世間話をしていた。周りのボディーガード達はしっかり周囲の動きに注意を払っていた。なぜなら、この若旦那は女が近づいてくるのを好まなかったからだ。毎回こういう場面で彼らがいつも付いていくのは、不埒なことを考える人から若旦那を守るためだった。名高いボディーガードの身長も高いので、視線も他人より高く、遠くまで見える。本能的に会場を見回していると、女主人の姿を見たような気がした。結城理仁は正体を隠して海内唯花と結婚したのだが、周りのボディーガードは彼女のことを知っていた。そのため、最も内海唯花を知るのは結城おばあさんを除けば、このボディーガード達だった。内海唯花を見たボディーガードは最初、自分の見間違いだと思って、目を凝らしていたが、やっぱりその人は女主人様じゃないか。彼女は自分の夫が来てもかまわず、二つの皿を持ちながら、自分の好きなものを楽しく選んでいた。やがて、お皿が二つともいっぱいになると、その二皿分の料理を持ち、人に気づかれにくい隅っこのテーブルへ行った。 そして、何事もなかったかのように、食事を楽しんでいた。 ボディーガードは無言になった。「......」結城理仁が何人かの顔見知りの社長たちと話を済ませた後、そのボディーガードは隙を見て彼の傍へ来て、小声で報告した。「若
顔をあげて彼を暫く見つめ、唯花は仕方なく彼の首に手を回し、自分のほうへ引き寄せて甘いキスを彼に捧げた。理仁は妻のほうからキスをしてもらい、上機嫌になって、片手でスーツケースを引き、もう片方の手で唯花の手を繋いで一緒に家を出ていった。おばあさんは一階でこの二人を待っていた。その時、おばあさんと一緒にいて話をしていたのは七瀬だった。唯月の引っ越しを手伝った時、唯花は七瀬も手伝いに来てくれたことに気づき、彼はきちんと報酬がもらえれば、どんな仕事でも請け負うと言っていた。そして、また唯花に会った時、七瀬はもうわたわたと焦ることはなかった。正当な理由をようやく見つけて堂々とできるという感じだ。「結城さん、内海さん、おはようございます」七瀬のほうから挨拶をしてきた。唯花はそれに微笑んで、ついでに「お名前は?あの日、すっかり名刺をいただくのを忘れていました」と言った。七瀬はその時、素早く主人である理仁のほうをちらりと確認し、彼の表情が変わらないのを見て何も恐れることなく彼女に答えた。「私は七瀬と申します」そして、ポケットから一枚の紙を取り出して唯花に渡し、申し訳なさそうに言った。「家に帰って名刺がもう切れていることに気づいたんです。まだ印刷しに行っていないので、携帯番号を紙に書いておきました」唯花は彼の電話番号が書かれた紙を受け取り、自分の横にいる夫に言った。「七瀬さんがどんな仕事でも受けてくれるらしいわ。今後自分でできないことは七瀬さんにお願いしようと思って」こう言って理仁がまたヤキモチを焼き始めるのを阻止しようとしたのだ。理仁は低い声で言った。「七瀬さんはとても頼りになるからね。何か力仕事があれば、彼に頼むといい」七瀬は素直に笑った。「はい、その通りです。きちんとお金をいただければ、どんな仕事だっていたしますよ。ところで、結城さん、出張ですか?」理仁は「ええ」とひとこと言った。「では、私はこれで」七瀬は夫婦二人に挨拶をしてからおばあさんに手を振り、自然にその場を離れた。今回、若旦那様は出張に半分のボディーガードしか連れて行かない。その中に七瀬は含まれておらず、ここに残って若奥様の護衛をするのだった。自分の主人の出張について行けないことを七瀬は少しも残念には思っていなかった。なぜなら、女主人にゴマすりで
朝食を終えると、理仁はまた唯花の携帯に百万円送金した。唯花は彼がお金を送ってきたのを見て言った。「別に必要ないよ」彼が彼女に渡していた家庭内の出費用のカードが空になったことは一度もなかった。「俺が出張で家にいないし、いつ帰るかもまだはっきりわかっていないんだ。もうすぐ年越しだし、その準備にもお金がいるだろうから、これくらい送っておけばその準備に問題ないだろう?適当に使ってくれ」お金を送る理由としては彼が言った言葉は十分だった。「年末の28日に、俺の実家に帰って年越ししよう。うちは親戚が多いからたくさん正月の贈り物を用意しないといけないんだ。ばあちゃんに何を買っておいたらいいか聞いてみてくれ、時間がある時に買っておいたほうがいいよ。さっき送った百万で足りないなら、俺に言って。また送金するから」彼がこう言うので、唯花は彼からもらった百万をおとなしく受け取るしかなかった。結婚してからかなり時間が経っていて、彼がはじめて彼女を実家に連れて行く話をしてきた。以前、お互いの家族が顔合わせをする時に、彼は両親とおじ、おば達も来るように伝えていた。おばあさんはそれを聞いて瞳をキラキラと輝かせたが、何も言わずにただニコニコと微笑んでいた。唯花がベランダの花に水をやりに行っている時、おばあさんはシロを抱きかかえて孫の傍に腰をおろし、小声で彼に尋ねた。「年越しに唯花さんを連れて帰るって、どの家にするの?」理仁の実家である結城家の邸宅か、それとも適当にどこかに部屋を見つけてそこでごまかすのか?「ばあちゃん、うちのご先祖さんが残してくれたほうの実家は片付ければ住めるか?」それを聞いておばあさんはニヤリと笑った。「片付ければ住めるわよ」今、結城家の邸宅はおばあさん夫婦が建てたもので、ある山の上にある家なのだ。そこを琴ヶ丘邸と名付けている。そして結城家の先祖たちが残してくれた邸宅こそが結城家の本当の実家であるのだ。その邸宅は古色蒼然としていて、時代を感じさせる趣ある邸宅だ。そこは琴ヶ丘邸からそこまで遠くなく、車で十分ほどの距離だ。毎年の正月には、おばあさんは子供や孫たちを連れてこの家に行き、先祖たちに新年の挨拶をするのが習わしだった。「今年の正月は、あの家で数日過ごそう」先祖代々続く家のほうが造詣が深い。ただそこは琴ヶ丘邸よ
おばあさんはぶつくさと呟いた。「辰巳か、三番目の奏汰(かなた)にしようかしら?」理仁はそれには何も言わなかった。余計な口を挟んで、他の弟たちから彼のせいにされるのを避けるためにだ。「やっぱり、あなたの次に大きい辰巳にしましょう。辰巳には誰がお似合いかしらね?」この時、理仁はやはり何も言わなかった。そもそも彼自身には知り合いの若い女性など、無に等しい。このことを理仁に任せたら、辰巳が一生結婚できないのと同義だろう。おばあさんも理仁に誰かを紹介してもらおうとは、これっぽっちも期待などしていない。「入りなさいよ」理仁は首を傾げておばあさんのほうを見て、その顔にクエスチョンマークを浮かべていた。おばあさんはやきもきした様子で「あなたもうすぐ出張に行くんでしょうもん、中に入って唯花さんとちょっとお話でもしないの?」と尋ねた。何をするにも彼女が彼に教えてやらないといけないとは。まったく、当時この孫を育てる時には何でも教えてあげたというのに。ただ誰かを愛する方法だけは教えていなかった。その結果、この家の男どもはみんな女心が理解できず、どうやって女性のご機嫌取りをすればいいのかもわからない人間に育ってしまった。おばあさんは、誰かを愛するのは人としての本能みたいなものだから、教える必要などないと考えていたのだった。おばあさんは楽天的に考えすぎていたのだ。理仁は少し黙ってから、どもりながら言った。「彼女が荷造りをしながら楽しそうに鼻歌を歌っているのが見えないのか?」おばあさん「……」唯花は荷物をまとめ終わった後、理仁が日常生活に必要な物が全部揃っているかをもう一度確認してからスーツケースを閉めた。そして、携帯を取り出してそのまとめあげた荷物の写真を撮った。そして、携帯をまたポケットになおして、スーツケースを引っ張って持って行こうとした時、数歩歩いてから部屋の入り口に理仁とおばあさんが立っているのに気がついた。「おばあちゃん」唯花は笑っておばあさんにそう声をかけてから、スーツケースを引っ張って彼らのもとへとやって来た。「理仁さんが出張するから、荷物をまとめてあげていたの」孫の嫁が孫に対してとても優しく気配りをしてくれて、おばあさんは心のうちはとても喜んでいたが「次はこの子に自分で用意させていいわよ。お腹が空いたで
佐々木英子は弟に電話をかけた。「姉ちゃん、今向かってる途中だ」俊介は両親と姉たちが皆来るのを知ってすぐに起き、莉奈も起こして二人は簡単に身なりを整え、急いで久光崎のマンションへと向かった。「俊介、私たち、まだ朝ご飯も食べていないのよ」「姉ちゃん、今向かってるからさ。後で朝ごはんを食べに行こうよ」英子は言った。「あんた成瀬さんと一緒に住んでるんじゃないの?彼女に私たちの朝食を用意させればいいじゃない。外で食べたりしたら、人数も多いし、二、三千円はかかっちゃうでしょうもん」「姉ちゃん、俺たちも今はホテルに泊まってるんだ。まだ部屋を探しに行く時間がなくてさ。あっちの家には今何もないから、料理はできないんだって」唯月が自分のやり方で内装費を回収したので、今俊介のあの家は水も電気も使える状態ではなかった。キッチンなんてほとんど何も残っておらず、莉奈が彼らのためにご飯を作ろうにも、どうしようもないのだ。英子は少し黙ってから言った。「唯月のやつ、うちらをブロックしてるのに、あんたはどうやって彼女に連絡するの?陽ちゃんに会いたくたって、会えないんじゃないの?」「陽は普通唯花の本屋にいるから、あそこに行けば会えるさ。別に唯月に連絡する必要もないって」唯月に自分がブロックされても俊介は全く意に介していないようだった。唯月が家の内装をめちゃくちゃにしたので、俊介はかなり怒りを溜めていたが、それでも全く後悔などしていなかった。彼は離婚してから莉奈が嫉妬するといけないので、唯月には連絡したくなかった。「連絡がつかなくったっていいけどね。陽ちゃんの養育費を払えない口実にできることだし。そしたら毎月六万も節約できるのよ」英子はただそう思い込むことでしか、自分を納得させられなかった。俊介は何も返事しなかった。彼は家族に、すでに一年分の養育費を支払い済みだということを教えていないのだ。「姉ちゃん、今運転中だから、後で会った時にまた話そうよ」「わかったわ」英子は電話を切った後、両親に言った。「俊介、今来てる途中だって。家は水も電気も使えない状態だから、料理できないらしいわ。だから外で朝ごはんを食べようって言ってたよ。しばらく朝食なんて外食してなかったし、どこかレストランに行って食べましょうよ」佐々木母はお金を使うことをつらそう
佐々木父は暗い顔で妻を睨んで、問い詰めた。「どのじいさんにそれを頼んだんだ?」「唯花の実のじいさん以外、他に誰がいるんだい?彼女のばあさんが入院しているでしょ?病院へ行ってお願いしたのよ。そしたら、あのじいさんが図々しくて、口を開けるとすぐ二百万を要求してきたのよ。もちろんそれは受け入れられなかったから、散々値切って、結局百二十万渡すことになったわ。絶対唯花を説得するって何度も保証したくせに、全くできなかったのよ。唯花は全然唯月を説得しなかったわ。お金を取って何もしてくれなかったってことでしょ?」佐々木母が言い終わると、佐々木父は彼女の腕をビシッと叩いた。「お前、アホじゃないか!唯月の実家の連中が信用できると思ったのか。それに、唯花は実家の人たちと仲が悪いって知ってるだろうが!誰に頼んでも、あいつらに頼む馬鹿がいるか!普段は賢いのに、とんでもない真似をしやがって!百二十万!百二十万を渡したって?」佐々木父は妻の愚かさに目の前が暗くなり、卒倒しそうだった。佐々木母は悔しそうに言った。「唯花はあまり話が通じないからさ、内海家の人間に出てきてもらったら、どうなっても内海家の家族同士の喧嘩になるし、私が唯花のせいで辛い思いをしなくてもいいって思ったのよ。あのじいさんはちょうど病院に奥さんの医療費を八十万円請求されて困っていて、私が百二十万払ってあげたら、残った四十万を唯花を説得する費用にするって言ったのよ」内海ばあさんの治療費は最初は彼女自身が貯金で支払ったが、後で子供たちに少しずつ出させたのだった。最近そのお金を使い切ったところに、また八十万円を請求され、ちょうど佐々木母が訪ねて来たのを、内海じいさんはチャンスと捉えたのだ。「本当にどうしようもない馬鹿だな。あの連中にお金をやったら、海に水を注ぐのと同じだろう、全く無意味なことなんだぞ!」英子も言った。「お母さん。内海家の人間に頼んでって言ったけど、お金を払えとは言ってないじゃないの」そう言いながら、心の中で母親にはまだそんなにへそくりがあったのかと思った。俊介が普段両親にたくさんお金を渡しているようだ。両親が彼女の家に使ったお金は、俊介が渡したお金の半分しかないだろう。「内海じいさんからお金を取り返さなくちゃ。約束を果たしてくれないんだから、きっちり返してもらわない
唯花は嘲笑するように言った。「佐々木英子さん、今すぐトイレへ行って、洗面器に水を汲んで……あ、すみませんね、蛇口がなかったわね。水道のパイプも姉がお金を出して取り付けたものだから、私たちがそれを外したのよ。じゃあ、仕方ないね、今すぐ雨が降るよう祈っていてね。それで、そこら辺に水溜まりが出来たら、それを鏡にして、自分の顔をちゃんと観察しなさいよ。どれだけ厚かましい顔しているかわかると思うから。姉はお宅の弟ともう離婚して、赤の他人になったのよ。よくもまあ、姉にあんたらの住む場所を探せだなんて言えるわね。姉のせいで住む場所がなくなったって?それは自業自得よ!もしちゃんと話し合って、姉の損失分もきっちり払って別れてたら、今頃ちゃんと住む場所が残ってたはずよ。ああ、今日は本当に寒いわ。あんなボロボロで風が自由に出入りできる部屋でちゃんと寝られるかしら?まあ、あなた達の皮膚は顔と同じように厚いことだし、人も多いから。一緒に詰め寄って寝れば、この寒さも凌げるでしょうね。じゃ、他の用事がなければ、電話切るよ。布団の中が本当に暖かくて気持ちいいから、もう一度寝直すわね。じゃあね」言い終わると、唯花は電話を切った。そして、すぐ佐々木母の電話番号もブロックした。これでしつこく電話をかけてくる心配もなくなった。唯花に電話を切られた英子は怒りが頂点に達し大声で罵った。「あの唯花め、本当にムカつくわ!こんなに口が悪いなんて、あんな女と結婚した男が本気で耐えられるかしら。お母さん、どうすればいいのよ」彼女は母親を見た。「もう家族全員ここまで来たし、実家の人達にも大都市で年越しするって伝えたよ。まさかこのまま帰るの?」「ママ、だっこ!」恭弥が父親の腕の中で目を覚まし、母親に手を伸ばし抱っこをねだってきた。英子はイライラしながら息子を抱き上げた。そして、佐々木父に言った。「お父さん、前も言ったでしょ。こんなに早く唯月の要求を受け入れるんじゃない、お金も送らないでってさ。ほら、今どうなってるのか見てよ。お金をもらったら、もう私たちのことなんて眼中にないわよ。これから陽ちゃんに会いたくても難しくなるでしょう。お父さんたちは彼女に騙されてしまったのよ」英子は最近何をやってもうまくいかず、気性も荒くなってきていた。会社でやるべき仕事がほとん
「内海唯花!あんたのお姉さんは?彼女に電話をかわりなさい!」佐々木母の声は怒りで震えていた。それを聞いたら誰でも彼女が腹を立てているのがわかる。「姉に用事でもあるの?もうあなた達とは何の関係もないけど。それで?要件は?」唯花は怠そうに尋ねた。佐々木母が自分の家から戻り、俊介の家の内装がめちゃくちゃにされていたのを見て、あまりの怒りで姉を責めるつもりだろう。あまりにも反応が遅かった。佐々木母が今まで気づかなかったのも無理はない。あの日、唯月と俊介が離婚手続きを終えた後、佐々木俊介の両親二人は直接タクシーで自分の家に帰った。そして、翌日に引っ越してくるつもりにしていたのだ。しかし、英子の子供たちが学校で成績表を受け取るため、一日遅れることになった。そして今日、小学校はようやく冬休みに入った。佐々木家の両親は娘一家を連れて、車二台に荷物を詰めて星城へ向かい、ここで年越しするつもりだった。こんなに朝早く出発するのも、佐々木母が思うところがあったからだ。それは早く来て、莉奈に朝食を作らせるためだ。つまり佐々木家の威厳を見せつけようとしたのだ。ところが、荷物を持って部屋に入り、目の前の光景に驚いたせいで、荷物まで床に落としてしまった。最初は家を間違えたかと思ったが、何回も確認すると、間違いなくそこは息子の家だった。そして、英子は直ちに弟に電話をした。俊介はここ二日間、ずっと取引先が突然契約を解除しようとした問題に対処していたので、あまりにも忙しくて、家族に家の内装が壊されたことを伝えるのを完全に忘れてしまっていた。姉からの電話を受けた時、俊介は何を言われているのかすぐに理解できなかった。家族全員が星城に来ているのを知り、俊介はようやく内装のことを思い出し、説明したのだ。それを聞いた佐々木母はすぐに唯月に電話しようとしたが、番号がブロックされたため、全く通じなかったので、仕方なく唯花に電話したというわけだ。「お姉さんはそっちにいない?」佐々木母は責めるように言った。「一体どういうつもりなの?うちの息子の家をめちゃくちゃに壊したでしょう?これは犯罪よ、警察に通報するわ!」唯花は冷たく言った。「お宅の息子さんが家を買った時は今のような状態だったでしょ?それを姉が八百万くらいかけて内装したのよ。あな
「私の記憶力そんなに悪くないよ、結婚したばかりの頃じゃあるまいし」唯花はあくびをしながら言った。「理仁さん、寝ましょう。明日出張でしょ?しっかり休んで、英気を養わないと」彼女は上半身を起こし、身を乗り出して彼の唇に軽くキスをした。「理仁、おやすみなさい」理仁は夜空のような黒い瞳で彼女を見つめて、手を伸ばし彼女の腰を抱き寄せ、キスをしてきた彼女が離れようとするのを許さなかった。その目には炎が燃えたような熱さが宿り、彼女の美しい顔に止まった。普段あまり化粧しない彼女はいつもすっぴんだが、肌のケアはしっかりしているので、触るとすべすべで手触りがとてもよかった。彼女の飾らない美しさはとても自然だった。理仁が初めて彼女に会った時、すでにそう思っていたのだ。ただ、彼が出会ってきた美人は多すぎたので、初対面では特に何も思わなかっただけだった。「唯花さん、今なんて呼んだ?」彼が初めて彼女のことを名前だけで呼んだ時、彼女は何の反応も示さなかった。後でそれを考えると、理仁は少し落ち込んでいた。名前で呼んだとき、全く感情が籠っていなかったからだと反省し、それからもうそんな風に呼ばなかった。しかし、彼女が「理仁」と呼んだ時、その声が電流のように彼の心を打ちぬけた。「理仁さん」「そうじゃない、さっき俺の名前だけ呼んだだろう」「そうよ、何?だめだったの?あなたは私の旦那さんでしょ」理仁は彼女の頭を押さえ、熱い唇でその燃えるような感情を表した。濃厚なキスが終わると、唯花は彼の大胆な手を押しのけ、彼に背を向けて横になった。「寝ましょう、もう遅いから」理仁の声がかすれていた。「先に寝て。お、俺はシャワーを浴びてくる」そう言い終わると、彼は布団を剥がし、ベッドをおりて、急いでバスルームに逃げ込んだ。夫婦の感情が絶賛上昇中には、ディープキスは禁物だ。さっき彼は危うく理性を失いそうになるところだった。今はとにかく都合が悪い。寒い日に冷たい水でシャワーをするなんて、本当に散々だ!バスルームから聞こえる水音を聞きながら、唯花は少し姿勢を変え、仰向けになり、ぶつぶつと呟いた。「本当に欲張りなんだから」彼女は今は都合の悪い時期だとよく理解しているから、彼にキスするたびに、いつも軽くキスをして、度を越さないようにして
彼らの家には貸出している不動産がたくさんあり、家賃をもらうだけでもちゃんと食べていけるということを誰が想像できるだろう?牧野家はまさにこれだ。「やっぱり、九条さんと付き合ってみるように勧めてみよう。彼女も九条さんと親しくなれば、きっと愛が芽生えるはずよ」明凛から悟について聞いた後、唯花は悟と明凛が似た者同士だと感じた。二人とも賑やかなのが好きで、悟から一番早く面白いゴシップが聞けるだろうし。「悟に聞いたんだ。彼は牧野さんが印象深い女性だって言ってたぞ。少し時間をあげればきっと行動するよ。今はもうすぐ年越しだろう、社員全員が忙しいから、悟のような立場の人はなおさらだ。年明けの休みに入れば、彼も余裕があって、プライベートに費やす時間ができるよ」彼が出張している間、悟は辰巳と一緒に会社を管理しなければならないから、当然忙しくなるのだ。唯花は頷いた。彼女も明凛が結婚して遠くに行ってしまうのが嫌だった。もし明凛が悟とうまくいけば、そう、理仁にもメリットがあるのだ。彼は悟のバックアップがあり、昇進や昇給もでき、唯花たちは今よりも裕福になるだろう。だがしかし、なんだか友達を売ってお金を稼いでいるようだが……夫婦二入は赤い糸を引く話で盛り上がり、唯花は時間だと気づいて、フェイスパックを外しに立ち上がり、洗面所へ行った。暫くして洗面所から出てくると、まっすぐベッドに向かい、ベッドに上がりながらスリッパを脱いだ。彼女はベッドに横になると、隣のスペースを叩いて理仁に言った。「理仁さん、早くこっち来て。抱き付いて温まりたいの。そうしたらよく寝れるから」理仁は顔色が暗くなった。「俺のことをホッカイロか何かと思っているの?」「ホッカイロは時間がきたら冷めるけど、理仁さんならずっと温かいし、ホッカイロより長持ちで便利なのよ」理仁「……」彼は近づき、彼女の隣に寝た。横向きになって彼女に向き合い、軽く彼女の頭を叩いた。「俺は君にとってただの暖を取るものなのか?他にないの?」「今の私にはほかに何が考えられるっていうの?」唯花は自然に彼の胸に潜り込んだ。「暖房をつけようって言ったら、乾燥して耐えられないってあなたが言ったでしょ?最近特に寒いし、あなたに抱きついて暖かくするしかないよ」ドアと窓をきっちり閉めても、やはり寒い。最大の原因は彼